18限目 休むことは、前に進まないことではない。

僕は怠けるのが嫌いだった。

そして、怠け者が嫌いだった。

常に、何かしていないと気が済まなかった。

そして、

何もしない人。

動こうとしない人。

努力しない人。

そういう人を見ると、どこか苛立っていた。

「どうしてやらないんだろう。」

「少しでも動けばいいのに。」

そう思っていた。

けれど、ある日、僕は自分自身に向かってこう言った。

明日は何もしない。

仕事もしない。

遊びもしない。

これからのことも考えない。

行き当たりばったりで一日を過ごすと決めた。

僕は、いつも焦っていただけだった。

何かしないといけない。

前に進まないといけない。

収入を増やさないといけない。

その焦りがあまりにも長く続いていたので、自分が焦っていることにさえ気付いていなかった。

休むことにさえ、罪悪感があった。

何もしない一日は、遅れている一日。

止まっている一日。

無駄にしている一日。

そんなふうに思っていた。

でも、ある言葉が不意に浮かんだ。

休むことは、前に進むことの反対じゃない。

この言葉を考えているうちに、気がついた。

では、私がこれまで「怠け者」と呼んでいた人たちは、本当に止まっていたのだろうか。

外から見れば、何もしていないように見える。

でも、その人の内側では、

疲れた身体を回復させているのかもしれない。

怖さに耐えているのかもしれない。

動き出すための力をためているのかもしれない。

まだ言葉にならない何かを、静かに整理しているのかもしれない。

その人はその人なりに進んでいたのかもしれない。

もちろん、誰もが必ず前へ進んでいると言い切ることはできない。

逃げていることもあるだろう。

諦めていることもあるだろう。

けれど、それさえも、外から一瞬見ただけでは分からない。

その人がどれほど疲れているのか。

何を怖がっているのか。

どれほど長く耐えてきたのか。

僕には分からない。

分からないのに、「怠け者」と決めつけていた。

そして同時に気付いた。

僕が怠け者を嫌っていたのは、もしかすると、

自分自身が休むことを許せなかったからなのかもしれない。

自分に厳しくしていたから、他人にも厳しくなった。

自分に「止まるな」と言い続けていたから、止まって見える人を許せなかった。

でも、休むことも前進の一部ならば、見え方は変わる。

止まっているように見える人も、

その人のペースで進んでいる。

そう考えることができる。

速く進む人がいる。

ゆっくり進む人がいる。

何度も立ち止まる人がいる。

一度遠回りしてから戻ってくる人もいる。

僕たちは、同じ道を同じ速度で歩いているわけではない。

だから、他人の速度だけを見て、その人の人生を判断することはできない。

昨日と同じ場所にいるように見えても、心の中では大きく変わっていることがある。

何もしていないように見える一日が、次に動き出すための大切な一日になることもある。