
昔の私は、こんなふうに思っていました。
「行きたい」と思ったなら、行かなければいけない。
「勉強したい」と思ったなら、勉強しなければいけない。
「欲しい」と思ったなら、買わなければいけない。
そうしないと、自分は口だけの人間なんじゃないか。
中途半端なんじゃないか。
そんな罪悪感が、ずっと心のどこかにあった。
でも、ある日気付いた。
僕は、本当に「行きたい」のだろうか。
僕は、本当に「勉強したい」のだろうか。
もしかすると違うかもしれない。
僕は、亀が好きだ。
新しい亀を迎えるとき、その亀が暮らす生息地を調べる。
スラウェシ島。
マダガスカル。
アマゾン。
でも、私はその土地へ行ったことはない。
行く予定もない。
それでも、その場所に想いを馳せるだけで心が満たされる。
本屋へ行く。
面白そうな本を買う。
読まずに本棚へ並べる。
不思議と満足している自分がいる。
Googleマップを開く。
面白そうな場所を拡大して見る。
「ここ、面白そうだな。」
そう思って閉じる。
結局、行かない。
昔は、そんな自分を責めていた。
でも、今は思う。
それでいい。
興味を持つことは、義務ではない。
行きたいと思うことは、義務ではない。
学びたいと思うことは、義務ではない。
欲しいと思うことは、義務ではない。
興味を持った瞬間に、
僕にその世界のことが少しだけインストールされる。
それだけで、十分エネルギーをもらえることがある。
人は、「体験すること」だけで豊かになるわけではない。
「想像すること」でも豊かになれる。
だから僕は、これからもことに興味を持ち続けたい。
全部を手に入れる必要はない。
全部を経験する必要もない。
ただ、「面白そうだな。」
そう思える心だけは、ずっと失いたくない。