
今回は、インドネシア・ロティ島だけに生息していた希少な淡水ガメ「マッコードナガクビガメ」が、人間の手による繁殖と長い準備期間を経て、再び故郷の湖へ放されたニュースを紹介します。
2009年を最後に、
ロティ島の自然環境では確認されなくなったカメ。
それから16年。
2025年10月21日、
20匹のマッコードナガクビガメが、ロティ島のDanau Ledulu(レドゥル湖)へ放流されました。
今回のニュース
2025年10月21日、インドネシア林業省は、東ヌサ・トゥンガラ州ロテ・ンダオ県のレドゥル湖で、マッコードナガクビガメ20匹を野生へ放したと発表しました。
放流された個体は、いきなり飼育施設から湖へ運ばれたわけではありません。
一週間の検疫。
その後、約3か月間にわたる健康状態の観察。
自力で獲物を捕らえる能力。
行動。
繁殖に関係する状態。
そうした項目を確認したうえで、レドゥル湖やLendo Oen湖に設置された順応環境へ移されました。
そして最終的に、野生で生きられる状態にあると判断された個体が湖へ戻されました。
どこの国・地域の話か
国:インドネシア
地域:東ヌサ・トゥンガラ州
島:ロティ島(Rote Island)
場所:Danau Ledulu(レドゥル湖)
放流日:2025年10月21日
対象種:マッコードナガクビガメ
学名:Chelodina mccordi
情報の種類:淡水ガメ・野生復帰・飼育下繁殖・国際保全・湿地保全
ロティ島はインドネシア南東部、小スンダ列島に位置する島です。
乾燥した気候の島に点在する淡水湖や湿地が、マッコードナガクビガメの生息地でした。
登場する亀
今回の主役は、
マッコードナガクビガメ。
学名は、
Chelodina mccordi。
英語では、
Roti Island Snake-necked Turtle
と呼ばれます。
日本の経済産業省が掲載するワシントン条約関連資料でも、「マッコードナガクビガメ」という和名が使われています。
名前の通り、非常に長い首を持つヘビクビガメ科の淡水ガメです。
甲長は20cm前後ほど。
普段は長い首を使って水中の獲物を捕らえます。
危険を感じたときも、一般的なカメのように首を真っすぐ甲羅へ引き込むのではなく、長い首を横へ折り曲げるようにして収納します。
新種として知られた直後に狙われた
マッコードナガクビガメが科学的に記載されたのは1994年。
比較的新しく知られるようになったカメです。
しかし、
珍しい。
分布域が狭い。
姿が独特。
そうした特徴は、このカメにとって危険な方向へ働きました。
1980年代から1990年代にかけて国際的なペット取引のため大量に捕獲され、さらに湿地が農地へ転換されることで生息環境も失われていきました。
珍しいカメとして世界に知られた頃には、
すでに野生個体群が急速に消え始めていました。
2005年、105か所を探してもほとんど見つからなかった
2005年には、ロティ島で本種の残存状況を確認する調査が行われました。
調査した場所は、
105か所。
そのうち35か所がカメの生息に適していると判断されました。
地域住民への聞き取りでは、そのうち26か所は以前マッコードナガクビガメがいた場所だったものの、すでに何年も姿が見られていませんでした。
研究チーム自身による調査でも、野生の個体を直接確認することはできず、湿地で採集された一匹が持ち込まれただけでした。
カメがいるはずの湖を探す。
見つからない。
別の湿地へ行く。
また見つからない。
その状態が続いていました。
2009年を最後に、野生で見つからなくなる
そして、
2009年。
これがロティ島の自然環境で確認された最後の記録となりました。
その後も調査は続けられましたが、カメそのものは見つかりません。
Mandai NatureやSingapore Zooは、本種について、
2009年以来、本来の生息地では確認されていない
と説明しています。
そのため、野生ではすでに絶滅している可能性さえ考えられる状態になりました。
でも、世界から完全に消えたわけではなかった
ここからが、このニュースの重要なところです。
ロティ島からカメが消えても、
飼育下にはマッコードナガクビガメが残っていました。
皮肉なことに、
野生から大量に持ち出されたことによって、
世界各地の動物園や繁殖施設には個体が存在していたのです。
アメリカ。
ヨーロッパ。
シンガポール。
そこで繁殖されたカメたちがいました。
野生生物取引によって島から失われたカメの子孫を、
今度は保全のために島へ戻す。
そんな計画が始まります。
2016年、「ロティ島へ戻す」プロジェクトが始まる
Wildlife Conservation Society Indonesia Program(WCS-IP)は2016年から、インドネシア政府や地域住民、Mandai Natureなどと協力し、
マッコードナガクビガメをロティ島へ再導入する計画
を進めてきました。
ただカメを集めるのではありません。
昔の生息地を調べる。
現在も湖にカメが暮らせるのか確認する。
地域住民と話す。
繁殖施設を作る。
遺伝的な状態を調べる。
放流方法を考える。
その後の監視方法を決める。
カメを戻す前に、
「戻せる島を作る」
ところから始めました。
2019年、3つの湖が重要な生息地として守られる
再導入するなら、
帰る場所が必要です。
2019年、ロティ島にある
Peto湖。
Lendoen湖。
Ledulu湖。
この3つの湖が、マッコードナガクビガメの重要な生息環境として保全対象になりました。
WCSは、この3湖を本種が再び暮らすために残された重要な候補地としています。
カメだけを増やしても、
湖がなくなれば戻せません。
だから、
まず水を守る。
湿地を守る。
そのあとにカメを戻します。
2021年、13匹がシンガポールから祖国へ
そして2021年9月。
大きな一歩がありました。
Singapore Zooで飼育されていた
13匹のマッコードナガクビガメが、インドネシアへ帰還しました。
国外の保全個体をインドネシアへ戻す初めての取り組みでした。
この13匹は、もともとアメリカやオーストリアの繁殖プログラム由来の個体を含む、シンガポールの保全個体群から選ばれました。
飛行機で祖国へ戻り、
東ヌサ・トゥンガラ州クパンに作られた繁殖施設へ入ります。
カメは帰った。でも、まだ島には戻らない
ここが面白いところです。
2021年。
インドネシアへ帰った。
でも、
すぐロティ島の湖へ放さない。
まずクパンの施設で飼育する。
健康を見る。
繁殖させる。
子どもを増やす。
人間の管理下で、
野生復帰できる個体群を作る。
Singapore Zooから帰国した13匹は、
その「親世代」の一部になりました。
つまり、
国へ帰ることと、
野生へ帰ることは、
別の段階です。
2025年5月、10匹が湖へ
そして2025年5月。
いよいよ再導入が本格的に進みます。
インドネシアの保全当局とWCS-IPは、
10匹のマッコードナガクビガメをロティ島の湖へ放流しました。
内訳は、
雄8匹。
雌2匹。
5匹がLendeoen湖。
5匹がLedulu湖。
健康状態や野生環境への適応能力を確認したうえで選ばれた個体でした。
2009年から確認されなくなっていたロティ島の水の中へ、
再びマッコードナガクビガメが入ります。
そして10月、さらに20匹
それから約5か月後。
2025年10月21日。
さらに20匹がレドゥル湖へ放されました。
今回の放流では、
ただ健康であるだけではなく、
獲物を捕らえられるか。
自然に近い環境で行動できるか。
繁殖につながる状態にあるか。
といったことまで観察されました。
人間が餌を持ってきてくれる水槽から、
自分で食べ物を探さなければならない湖へ。
その境界を越えられる個体だけを選んでいます。
長い首が、もう一度ロティ島の水を泳ぐ
マッコードナガクビガメの姿は非常に特徴的です。
小さめの甲羅。
そこから伸びる、
驚くほど長い首。
水中では、その首を前へ伸ばして獲物を捕らえます。
ロティ島では、
16年間、
その姿を自然の湖で確認できませんでした。
今、
人間が繁殖した個体ではありますが、
再びその首がロティ島の水の中を動いています。
でも「復活した」と言うにはまだ早い
30匹を放した。
だから、
マッコードナガクビガメは復活した。
そう簡単には言えません。
本当に重要なのは、
これからです。
放した個体が生き残れるか。
湖からいなくならないか。
繁殖するか。
卵を産むか。
子ガメが生まれるか。
そして、その子ガメが成長して、
さらに次の世代を作れるか。
そこまで続いて初めて、
人間が補充し続けなくても存続できる野生個体群
が成立します。
今回の放流は、
復活の完成ではなく、
復活できるかどうかを確かめる始まりです。
湖そのものにも危機がある
さらに問題があります。
カメを守るだけでは足りません。
ロティ島では農業による湿地環境の変化に加え、近年は気候変動による水量低下も問題になっています。
湖によっては、
完全に干上がることさえあります。
さらに、外来のスネークヘッド類などの捕食魚も、再導入されたカメにとって脅威になる可能性があります。
つまり、
マッコードナガクビガメを戻すことは、
カメだけの問題ではありません。
湖そのものを残す仕事でもあります。
カメを守ることが、人間の水を守ることにもなる
ここは今回のニュースで、とても興味深いところです。
WCS IndonesiaのNoviar Andayani氏は、
ロティ島の湖を保護することは、
マッコードナガクビガメだけでなく、
乾燥した島で暮らす人々の水資源を守ることにもつながる
と説明しています。
カメのために湖を残す。
湖が残れば、
人間も水を使える。
生き物の保全と人間の暮らしが、
同じ場所でつながっています。
地域住民が湖を見守る
再導入計画には、
ロティ島で暮らす地域住民も参加しています。
湖周辺でのパトロール。
カメの保護。
生息環境の監視。
啓発活動。
WCSや行政機関だけでなく、地域住民が湖を守る仕組みが作られています。
マッコードナガクビガメは、
世界中の動物園だけで守られているカメではありません。
最終的に守る場所は、
ロティ島です。
亀好きとして注目したいポイント
今回のニュースで僕が一番面白いと思うのは、
「ペットとして島から出ていったカメの子孫が、保全のために島へ帰ってきた」
というところです。
珍しいから捕る。
海外へ売る。
ロティ島からカメが消える。
でも、
海外へ出たカメの中には、
人間の手で繁殖した個体がいた。
その子孫を集める。
祖国へ返す。
繁殖する。
野生で生きる準備をする。
そして、
湖へ戻す。
もちろん、
国際的なペット取引によって野生個体群が失われた事実が消えるわけではありません。
でも、
一度人間によって島の外へ運ばれた血統が、
今度は種を救う材料になりました。
とても不思議な循環だと思います。
湯川亀吉の一言
湖がある。
昔は、
そこに長い首のカメがいた。
人間が捕る。
珍しいから売る。
また捕る。
そして、
いなくなる。
2009年。
最後の一匹が確認される。
そのあと、
見つからない。
一年。
五年。
十年。
でも、
世界のどこかには、
そのカメの子孫がいる。
動物園の水槽。
繁殖施設。
人間が作った場所で、
命がつながっていた。
2021年。
13匹が飛行機に乗る。
シンガポールから、
インドネシアへ。
でも、
まだ湖には行かない。
待つ。
増やす。
準備する。
そして2025年。
ようやく、
一匹のカメが水へ入る。
長い首を伸ばす。
泳ぐ。
自分で餌を探す。
16年間、
その湖から消えていたカメが、
もう一度そこにいる。
人間が連れてきたカメだから、
完全な「野生の復活」ではないのかもしれない。
でも、
いつかそのカメが卵を産んで、
その卵から子ガメが生まれて、
誰にも餌をもらわず、
誰にも運んでもらわず、
その子がまた卵を産んだら。
そのときは、
もう人間が戻したカメではない。
ロティ島で生きている、ただのカメになる。
たぶん、
保全の最終目的は、
そこなのだと思います。
出典
インドネシア林業省(Kementerian Kehutanan)
「Menhut Raja Antoni Pimpin Pelepasliaran 20 Kura-Kura Rote, Satwa Endemik Terlangka di Dunia」
2025年10月22日。20匹の放流、検疫、3か月の観察、順応過程について。
Mandai Wildlife Group / Singapore Zoo
「First ever repatriation of critically endangered Roti Snake-necked Turtles from Singapore to their native country, Indonesia」
2022年1月19日。2021年に13匹をシンガポールからインドネシアへ戻した経緯と保全計画。
Mandai Nature
「Repopulating the Rote Snake-necked Turtle」
ロティ島への再導入、生息環境保全、地域との協力について。
Wildlife Conservation Society Indonesia Program
「Rote Island Snake-necked Turtle」
野生個体群の減少要因、調査、再導入計画について。
ANTARA News
「BBKSDA NTT lepasliarkan 10 ekor kura-kura rote ke habitatnya」
2025年5月10日。雄8匹・雌2匹、計10匹の放流について。
Media Konservasi / Bogor Agricultural University
「Studi Pendahuluan: Keberadaan Kura-Kura Rote (Chelodina mccordi) di Pulau Rote, Nusa Tenggara Timur」
2005年の野外調査について。