
カザフスタン。
この国の名前を聞いて、
ウミガメを思い浮かべる人は、
あまりいないと思います。
広大な草原。
乾燥地帯。
砂漠。
大陸の真ん中。
海から遠く離れた国。
でも、
約4000万年前。
そこには、
ウミガメが泳いでいました。
しかも、
一種類ではありません。
2026年9月。
その古代の海から見つかっていた骨を研究した古生物学者たちが、
これまで知られていなかった新しい種類のウミガメ
を正式に記載しました。
名前は、
Argillochelys foveopalatus。
約38〜40百万年前、
始新世中期の海を泳いでいたカメです。Taylor & Francis Online
今回のニュース
研究成果が発表されたのは、
2026年9月10日。
国際古生物学誌、
Historical Biology
に掲載されました。
研究を行ったのは、
I. G. Danilov氏、
E. A. Zvonok氏、
A. V. Panteleev氏、
K. M. Akhmedenov氏、
D. B. Yakupova氏らによる研究チーム。
ロシア科学アカデミー動物学研究所と、
カザフスタンのMakhambet Utemisov West Kazakhstan Universityなどの研究者が参加しています。Taylor & Francis Online
論文のタイトルは、
“A new species of Argillochelys (Testudines: Pan-Cheloniidae) from the Bartonian of Kazakhstan”
つまり、
「カザフスタンのバートニアンから発見されたArgillochelys属の新種」
新種の名前は「Argillochelys foveopalatus」
今回記載されたのは、
Argillochelys foveopalatus。
現在のところ一般的な日本語名はありません。
だからこの記事では、
学名をそのまま、
アルジロケリス・フォヴェオパラトゥス
と呼ぶことにします。
分類上は、
Pan-Cheloniidae
というグループに含められています。Taylor & Francis Online
これは、
現在生きているアオウミガメやアカウミガメなどを含む「ウミガメ科」につながる、
より広い進化系統を示す分類です。
つまり、
「現代のウミガメとまったく同じ種類」
ではありません。
かといって、
ウミガメとは関係のない古代ガメでもない。
現代のウミガメへ続く巨大な進化の枝の中にいたカメ
と考えると分かりやすいと思います。
完全な一匹が見つかったわけではない
ここが、
今回の研究の面白いところです。
発見されたのは、
完全な骨格ではありません。
甲羅一枚。
全身骨格。
完全な頭骨。
そういう分かりやすい標本ではない。
新種記載の中心になったのは、
部分的な頭骨と、下顎の骨。
化石は、
カザフスタン西部のマンギスタウ半島にある、
KarakeshiとMonataという場所のShorym Formationから得られました。
さらに、
マンギスタウ半島の別の産地からも標本があります。Taylor & Francis Online
つまり、
研究者が手にしていたのは、
約4000万年前のカメの、
頭の一部分。
それでも、
新種だと判断できました。
カメの「口の中」が決め手になった
僕は今回、
ここがかなり好きです。
新種を見分ける大きな手がかりになったのは、
甲羅の模様でも、
身体の色でも、
大きなヒレでもありません。
口蓋。
つまり、
口の中の天井部分です。
研究チームは、
このカメの口蓋骨に、
他のPan-Cheloniidaeでは確認されていない非常に変わった構造を発見しました。
通常とは異なり、
口蓋骨が縫合線によって二つの部分へ分かれている。
この特徴は、
今回の研究ではPan-Cheloniidaeの中で独特なものとされています。Taylor & Francis Online
「ほんの少し形が違う」だけではない
さらに、
翼状骨と呼ばれる頭蓋骨の部分にも特徴があります。
一般的な近縁種に見られる、
腹側中央の隆起がありません。
この特徴も、
Pan-Cheloniidaeの中では珍しいものです。Taylor & Francis Online
そして、
上顎と下顎の、
食べ物を噛み合わせる部分。
これも、
滑らかな面ではありませんでした。
凹凸や稜がある咀嚼面
を持っていたことが報告されています。Taylor & Francis Online
ただし、
ここから、
「このカメは絶対に○○を食べていた」
とまでは言えません。
口の形は食性を考える重要な手がかりになりますが、
今回の研究の主目的は、
まず、
この骨がどのカメに属するのかを分類すること
だからです。
子どものカメらしき骨も見つかっている
さらに面白い化石があります。
Kuyulusという場所から見つかった下顎骨です。
研究チームは、
これらを、
cf. Argillochelys foveopalatus
としています。
「cf.」は、
簡単に言えば、
この種によく似ており、おそらく同じ種類だが断定まではしない
という慎重な表現です。
しかも、
これらは、
若い個体だった可能性
があります。Taylor & Francis Online
大人だけではない。
もし本当に同じ種類なら、
約4000万年前のこの海には、
若いアルジロケリスも存在していたことになります。
今のカザフスタンとは、まったく違う世界だった
現在、
マンギスタウ半島周辺を見ると、
乾燥した岩場が広がっています。
でも、
この化石が形成された始新世中期には、
景色はまったく違いました。
Shorym Formationは、
主に薄く積み重なった褐色の泥灰岩などで構成され、
魚類をはじめとした海洋生物の化石を多く含みます。ResearchGate
つまり、
現在の乾いた大地の下には、
かつてそこが海だった時代の記録が、
地層として残っています。
今、
砂と岩の大地を歩く。
その足元に、
4000万年前の海底がある。
そして、
そこからウミガメの頭骨が出てくる。
なんだか、
ものすごい話です。
その海は「テチス海」につながっていた
当時、
現在のヨーロッパから中央アジア周辺には、
現在とはまったく異なる巨大な海洋環境が広がっていました。
研究者たちは、
Argillochelysの分布を、
Peri-Tethyan region=テチス海周辺地域
と関連付けています。
過去のArgillochelysの記録は、
西ヨーロッパ。
東ヨーロッパ。
そして、
カザフスタン。
という広い範囲から知られています。ジン
つまり、
アルジロケリスたちは、
現在の国境など存在しない、
巨大な古代の海を泳いでいた可能性があります。
Argillochelysは昔から知られていた
ここも区別しておきたいところです。
今回、
「Argillochelysというカメが初めて見つかった」
わけではありません。
Argillochelysという属そのものは、
19世紀から知られていました。
初期の代表的な化石は、
イギリスの始新世の地層から知られています。後の研究では、Argillochelysの化石記録は西ヨーロッパだけでなく、東ヨーロッパや中央アジアにも広がることが示されてきました。Copernicus
今回新しいのは、
そのArgillochelys属に、新しい一種が加わった
ということです。
Argillochelys foveopalatus。
2026年になって、
約4000万年前の生物へ、
ようやく名前が付きました。
「新種発見」は、生きている動物だけではない
「新種」
と聞くと、
ジャングルへ行く。
見たことのないカメがいる。
捕まえる。
DNAを調べる。
「新種だ!」
という場面を想像するかもしれません。
でも、
古生物学では違います。
その生き物は、
何千万年も前に、
もう絶滅している。
残っているのは、
骨だけ。
それも、
全部ではない。
頭蓋骨の一部分。
顎。
甲羅の破片。
それらを、
すでに知られている何十種類もの化石と比較する。
骨の角度を見る。
縫合線を見る。
口蓋を見る。
顎を見る。
そして、
「これは、
どれにも当てはまらない」
となる。
そこから、
絶滅して4000万年経ったあとに、
人間が初めてその生き物を一つの種として認識する。
これも、
新種発見です。
しかも、この海には別のウミガメもいた
さらに、
マンギスタウ半島のShorym Formationから見つかっているウミガメは、
今回の種類だけではありません。
ここからは以前、
Protrachyaspis shorymensis
という別のPan-Cheloniidaeも記載されています。
さらに、
オサガメにつながるDermochelyidaeの化石も見つかっています。ジン
つまり、
約4000万年前のカザフスタンの海には、
一種類のウミガメだけが、
ぽつんと泳いでいたわけではない。
形の違う複数のウミガメ類が共存していた。
そんな海だった可能性があります。
ウミガメの世界は、今よりずっと違っていた
現在、
僕たちが見るウミガメは、
アオウミガメ。
アカウミガメ。
タイマイ。
ヒメウミガメ。
ケンプヒメウミガメ。
ヒラタウミガメ。
そして、
オサガメ。
かなり完成された、
見慣れた「ウミガメの形」をしています。
でも、
4000万年前まで戻ると、
世界はもっと複雑です。
現在はいないウミガメの系統が、
いくつも存在する。
それぞれ、
頭骨が違う。
口の構造も違う。
甲羅も違う。
同じ海の中で、
それぞれ別の生き方をしていたはずです。
Argillochelys foveopalatusも、
その失われた世界の一員です。
でも、まだ全身像は分からない
ここは、
ヒーロー画像を作るときにも重要です。
僕たちは、
このカメの完全な姿を知りません。
今回記載された中心的な標本は、
部分頭骨と下顎です。Taylor & Francis Online
だから、
「アルジロケリス・フォヴェオパラトゥスは絶対にこういう姿だった」
という完全復元図を、
写真のように断定的に描くのは危険です。
近縁種から、
ある程度のウミガメらしい姿を想像することはできる。
でも、
頭の色。
甲羅の色。
模様。
細かな身体形状。
それらは、
化石には残っていません。
分からないところは、分からない。
それも、
このニュースの大事な部分だと思います。
亀好きとして注目したいポイント
今回、
僕が一番面白いと思うのは、
「新種を見つけた場所が、口の中だった」
というところです。
4000万年前。
ウミガメが泳いでいる。
死ぬ。
骨が海底へ沈む。
地層になる。
海がなくなる。
大陸の景色が変わる。
4000万年経つ。
人間が骨を見る。
そして、
口蓋の、
ほんの小さな縫合線を見る。
「おかしい。」
他のカメにはない。
もう一度見る。
比較する。
そして、
一種類の生き物が、
4000万年ぶりに、
世界へ現れる。
身体はもうない。
海もない。
でも、
骨の形だけで、そのカメがいたことが分かる。
古生物学って、
ものすごく面白いです。
湯川亀吉の一言
カザフスタンとか、あのへんの国は憧れるな〜
どんな地域なんだろうな。
行ってみたいな。
出典
Historical Biology
I. G. Danilov, E. A. Zvonok, A. V. Panteleev, K. M. Akhmedenov, D. B. Yakupova
“A new species of Argillochelys (Testudines: Pan-Cheloniidae) from the Bartonian of Kazakhstan”
2026年9月10日公開。Argillochelys foveopalatusの新種記載、標本、診断形質などの原著論文です。Taylor & Francis Online
Luhansk State Pedagogical University
マンギスタウ半島の新種化石について、年代を約3800〜4000万年前とし、Shorym Formationの地質やArgillochelysの古地理的分布を紹介しています。Ifvis
Proceedings of the Zoological Institute RAS

















