
今回は、メキシコで発覚した大規模なカメの違法取引と、その中に含まれていた絶滅寸前の小さな淡水ガメについて紹介します。
今回のニュース
2025年9月、メキシコ・ハリスコ州で行われた摘発によって、野生から捕獲された2,000匹を超える淡水ガメが押収されました。
カメたちは、ナマコやフカヒレなど、ほかの野生生物由来の品とともに隠されていました。
押収されたカメには、メキシコ原産のドロガメ類6種とハコガメ類1種が含まれ、その中には、絶滅の危機が極めて高い**バジャルタドロガメ(Kinosternon vogti)**も数十匹含まれていました。
しかし、すべてのカメが無事だったわけではありません。
密輸の過程で劣悪な環境に置かれていたため、押収後までに数百匹が死亡したとTurtle Survival Allianceは報告しています。生き残った個体はグアダラハラ動物園へ運ばれ、治療、検疫、感染症検査などを受けました。
どこの国・地域の話か
国・地域:メキシコ
主な場所:ハリスコ州、グアダラハラ
摘発:2025年9月
Turtle Survival Alliance発表:2025年10月10日
情報の種類:淡水ガメ・密輸・違法取引・絶滅危惧種・救護・保護活動
メキシコ当局のPROFEPAとSEMARNATは9月26日、大規模な摘発後にグアダラハラ動物園へカメの緊急収容を要請しました。その後、獣医師や飼育スタッフが大量の個体を一匹ずつ確認し、隔離と治療を開始しています。
登場する亀
今回とくに注目したいのが、バジャルタドロガメです。
学名は Kinosternon vogti。
日本の公的資料では「キノステルノン・ヴォグティ」と表記され、関連する登録資料では「フォークトドロガメ、バジャルタドロガメ」という名称も確認できます。この記事では、国内の爬虫類愛好家の間でも使われている「バジャルタドロガメ」で統一します。
このカメが新種として記載されたのは、わずか2018年です。
そして現在、世界で知られているカメの中でも最小の種とされています。
雄の平均甲長は約7.6センチ、雌は約7.8センチ。大きな個体でも、雄は9センチ、雌は10センチを超えることがほとんどありません。
世界最小のカメが暮らす場所
バジャルタドロガメは、メキシコ西部のハリスコ州とナヤリット州にまたがるバンデラス湾周辺だけに分布する固有種です。
歴史的な分布域は約263平方キロと推定されていますが、現在実際に利用できる生息域は非常に小さく、推定占有面積は0.3平方キロ未満とされています。
池、湿地、流れの緩やかな小川などで暮らし、乾季には土中へ潜って数か月間休眠することがあります。
繁殖は雨季に行われ、雌は一度に1〜5個ほどの卵を産みます。孵化した子ガメの甲長は、わずか19〜23ミリほどです。
成体ですら手のひらに収まるほど小さい。
その小さなカメが、生きられる湿地そのものも、非常に小さな範囲しか残っていません。
2,000匹以上が一度に押収された
今回の事件では、バジャルタドロガメだけが狙われていたわけではありません。
押収されたのは、6種類のドロガメと1種類のハコガメを含む2,000匹以上のカメでした。
これらは野生から捕獲されたとされ、国際市場を対象とした組織的な野生生物取引ネットワークの一部だったと報告されています。メキシコ当局は関係が疑われる3人を起訴しました。
野生生物やその加工品は、グアダラハラを拠点とする企業を通じて、アメリカ、中国、その他のアジア市場などへ送られることが疑われています。
一匹の珍しいカメが密かに持ち出された事件ではありません。
何千匹という単位で野生動物を集め、商品として移動させる仕組みが存在していた可能性があります。
数百匹は救出まで生き残れなかった
カメは、見た目以上に過酷な環境へ耐えることがあります。
長期間餌を食べなくても生きる種類もいる。
狭い場所で動かず耐えることもできる。
しかし、その性質は密輸業者にとって「運びやすい動物」として利用されることがあります。
今回の押収個体も、多数のカメが密集した状態で扱われていたとみられ、数百匹がすでに死亡していました。残った個体の中にも、弱ったカメや病気の疑いがあるカメが確認されています。
救出したカメを、すぐ野生へ戻せない理由
違法取引から救出された野生動物を見ると、
「元いた場所へ放せばいい」
と思うかもしれません。
しかし、2,000匹を超えるカメが複数種混ざった状態で運ばれていた場合、それほど簡単ではありません。
どの個体がどこから捕獲されたのか。
感染症を持っていないか。
異なる地域個体群が混ざっていないか。
長期間の輸送によって健康状態が悪化していないか。
一つずつ確認する必要があります。
今回もグアダラハラ動物園では、感染症の拡大を防ぐため、種類や状態に応じた隔離と検査が行われました。とくにカメ類で重大な問題となるラナウイルスについて、慎重な検査が必要だとされています。
バジャルタドロガメは400匹未満とも
Turtle Survival Allianceは、野生に残るバジャルタドロガメを400匹未満としています。
一方、専門家による2025年の種解説では、実際に利用されている生息地が極めて小さいこと、野生個体群が都市開発、道路、違法採集などの圧力を強く受けていることが示されています。IUCNでは「Critically Endangered=深刻な危機」と評価されています。
数千匹いる種類から数十匹が捕られるのと、
野生に数百匹しかいない可能性のある種類から数十匹が消えるのとでは、意味が違います。
密猟者が一度採集しただけでも、地域個体群へ大きな影響を与える可能性があります。
2025年には保全施設からもカメが盗まれていた
さらに深刻なのは、野生個体だけが狙われているわけではないことです。
2025年1月には、プエルト・バジャルタでバジャルタドロガメの保全・繁殖を行っていた施設へ何者かが侵入し、飼育されていた個体が盗まれる事件も発生しました。
その後、施設には電気柵、高性能の鍵、モーションセンサー、警報装置などが追加されています。
絶滅から守るために集められたカメが、
「珍しいから」
という理由で再び狙われる。
希少性そのものが、保全活動を難しくしています。
それでも繁殖は始まっている
バジャルタドロガメには希望もあります。
2023年には、オーストリアのTurtle Islandで世界初となる飼育下繁殖に成功しました。
さらにメキシコでは2024年、バジャルタドロガメを保護・繁殖するための専用保全施設が完成しています。
グアダラハラ動物園でも繁殖技術の開発が進み、メキシコ国内で初めて飼育下孵化に成功しています。
つまり、人間にはこの小さなカメを増やす技術が少しずつでき始めています。
しかし、増やしたカメを帰す湿地が失われれば、飼育下繁殖だけでは問題は解決しません。
生息地の99%以上が失われた可能性
Turtle Islandによる現地保全プロジェクトでは、バンデラス湾周辺の都市化によって、バジャルタドロガメが利用してきた湿地環境の99%以上が失われたと報告されています。
現在知られている生息地は、わずか数か所にまで減っています。
プエルト・バジャルタ周辺は観光開発が盛んな地域です。
ホテル。
道路。
住宅。
商業施設。
人間にとって便利な土地へ変わるほど、小さな湿地は地図から消えていきます。
世界最小のカメが必要としている場所は、大きなジャングルではありません。
人間から見れば、埋め立てても大きな変化には見えない、小さな水辺なのです。
亀好きとして注目したいポイント
今回のニュースで僕が一番気になるのは、カメの「希少価値」が、そのカメを危険にしてしまうことです。
新種だった。
世界最小だった。
分布域が狭かった。
絶滅寸前だった。
本来なら、これらは
「だから守ろう」
という理由になるはずです。
でも、違法なペット市場では、
「だから欲しい」
という理由にもなってしまう。
珍しくなればなるほど値段が上がり、値段が上がるほど野生から持ち出す人間が現れる。
絶滅へ近づくほど商品価値が高くなるという、ものすごく危険な循環です。
湯川亀吉の一言
珍しいから欲しい・高価だから欲しい。
そんな考えに取り憑かれていた時期が、俺にもありました。
出典
Turtle Survival Alliance
「Over 2,000 Wild Turtles Seized in Mexico; Conservationists Race to Save Survivors」
IUCN SSC Tortoise and Freshwater Turtle Specialist Group
「Kinosternon vogti – Vallarta Mud Turtle」
Turtle Island
「The Vallarta Mud Turtle | Mexico」
Mongabay
メキシコの大規模なカメ密輸摘発に関する報道。
