今回は、マダガスカルにしか生息しない美しいリクガメ、ホウシャガメをめぐる大規模な救護と野生復帰のニュースを紹介します。
2018年4月。
マダガスカル南西部のトゥリアラで、一軒の民家から発見されたホウシャガメは、
10,976匹。
数十匹でも、
数百匹でもありません。
一万匹を超えるカメが、一つの建物に集められていました。
そこから始まったのは、
カメを押収して終わる保護活動ではありませんでした。
救護する。
健康を取り戻す。
何年も育てる。
野生へ戻せる個体を選ぶ。
帰る森を確保する。
地域住民と一緒にその場所を守る。
そして、
もう一度、人間の手から離す。
長い時間をかけた「密輸から野生復帰へ」の計画です。
今回のニュース
2018年4月10日、マダガスカル南西部の都市トゥリアラで、警察と環境当局が一軒の住宅を捜索しました。
そこで確認されたのが、
10,976匹のホウシャガメでした。
発見されたカメの多くは若い個体で、十分な水や餌を得られない状態に置かれていました。
Turtle Survival Alliance(TSA)を中心に、マダガスカル国内外の動物園、獣医師、飼育スタッフなどが救護に参加。
生き残った個体は、トゥリアラから北へ約29km離れたIfatyの保護施設へ移され、健康確認や水分補給、治療、個体識別などが進められました。
この事件は、
TSAがそれまで経験した中でも最大規模のリクガメ救護の一つとなりました。
どこの国・地域の話か
国:マダガスカル
最初の大量押収:トゥリアラ周辺
発見日:2018年4月10日
対象種:ホウシャガメ
学名:Astrochelys radiata
英名:Radiated Tortoise
情報の種類:リクガメ・密輸・違法取引・救護・野生復帰・地域保全
ホウシャガメは、マダガスカル南部から南西部にのみ自然分布する固有種です。
乾燥した低木林、トゲの多いスパイニーフォレストなどに暮らしています。
登場する亀
今回の主役は、
ホウシャガメ。
学名は、
Astrochelys radiata。
英語ではRadiated Tortoiseと呼ばれます。
京都市動物園でも「ホウシャガメ」という和名が使われており、最大甲長は約40cmと紹介されています。
名前の由来は、
甲羅です。
黒っぽい甲板の中心から、
黄色い線が外側へ向かって伸びる。
まるで光が放射しているように見えます。
Smithsonian’s National Zooは、この放射模様について、インドホシガメなど他の星模様を持つリクガメよりも細かく複雑であることを特徴として挙げています。
世界で最も美しいカメの一つ
ホウシャガメは、その甲羅の美しさから、
「世界で最も美しいリクガメの一つ」
として紹介されることがあります。
美しい。
珍しい。
欲しい。
その評価が、
このカメを追い詰める理由にもなりました。
野生個体は国際的なペット取引のために捕獲され、さらにマダガスカル国内では食用目的の捕獲も続いてきました。
生息地そのものも、農地化や炭づくりなどによって失われています。
昔は「触ってはいけないカメ」だった
マダガスカル南部の一部地域には、
ホウシャガメを傷つけたり食べたりすることを禁じる伝統的な**「fady(ファディ)」**があります。
祖先と結び付けて考えられる地域もあり、
長い間、
文化そのものがホウシャガメを守ってきました。
しかし、
地域外から人が入る。
価値の高いカメとして売買される。
伝統的な禁忌を共有しない人が捕る。
その結果、
文化だけでは個体群を守れなくなっていきました。
2018年4月、一軒の家に10,976匹
そして2018年4月10日。
トゥリアラの住宅で、
10,976匹。
とてつもない数のホウシャガメが発見されました。
普通に考えれば、
一日や二日で集められる数ではありません。
一匹。
また一匹。
別の場所からも一匹。
それが積み重なって、
一万匹を超えた。
その数だけ、
野生の森からホウシャガメが消えていたことになります。
そして半年後、また数千匹
さらに同じ2018年10月にも、大規模な押収が発生しました。
TSAによると、2018年だけで保護下へ入ったホウシャガメは17,000匹を超えました。
つまり、
4月の事件は、
一度だけ起きた異常な出来事ではありませんでした。
それだけ大規模な捕獲と違法取引が、
このカメを取り巻いていたということです。
保護した瞬間から、別の問題が始まる
密輸されるカメを見つけた。
押収した。
助かった。
そう思いたくなります。
でも、
一万匹を保護した瞬間、
今度は人間が一万匹を生かさなければなりません。
水。
餌。
飼育場所。
病気の確認。
衛生管理。
個体識別。
獣医療。
スタッフ。
そして、
何年間も続く費用。
TSAはマダガスカルに複数の保全施設を整備し、押収されたホウシャガメの大規模な飼育体制を作りました。現在のTSAのマダガスカル事業でも、違法取引から救出したホウシャガメの救護、長期飼育、野生復帰が主要活動になっています。
でも、ずっと飼うことが目的ではない
何万匹も保護している。
だったら、
大きな保護施設を作って、
そこで一生飼えばいい。
そう考えることもできます。
でも、
ホウシャガメは本来、
飼育施設にいる動物ではありません。
マダガスカル南部の森を歩くリクガメです。
そこでTSAは、
Confiscation to Reintroduction Strategy
という考え方を進めました。
日本語にすると、
「押収から再導入へ」。
密輸から救出したカメを、
可能な限り、
もう一度野生へ戻していく計画です。
ただ森へ置けばいいわけではない
一度長期間飼育したカメを、
空いている森へ置けばいい。
そんな単純な話でもありません。
その地域に病気を持ち込まないか。
健康状態は十分か。
野生で餌を取れるか。
その森に十分な食物があるか。
再び密猟されないか。
地域の人々が保護に協力してくれるか。
一つずつ確認する必要があります。
そのため、放流候補となった個体には獣医師による健康検査が行われています。
感染症検査も含め、
「放しても大丈夫なカメか」
を確認します。
2021年、最初の1,000匹
そして2021年。
大きな転換点が来ます。
TSAは、
1,000匹のホウシャガメを、マダガスカル南部の地域住民が保護する森林へ移しました。
違法取引から救出され、
何年間も人間の管理下で暮らしてきたカメたちです。
ただし、
いきなり森全体へ自由にしたわけではありません。
まず約6ヘクタールの順応エリアに入り、
その土地で生活する期間が設けられました。
そして2022年3月、
囲いが開かれ、
カメたちは周囲のスパイニーフォレストへ自由に移動できるようになりました。
「ソフトリリース」という考え方
これは、
soft release(ソフトリリース)
と呼ばれる方法です。
人間の管理下から、
いきなり完全な野生へ移すのではない。
まず、
これから暮らす場所に慣れてもらう。
気温。
植物。
地面。
匂い。
雨。
その土地そのものを覚える。
そして、
囲いを開ける。
カメは、
自分の意思で外へ歩いていきます。
カメに発信器を付ける
放したら、
それで終わりではありません。
再導入個体の一部には、
VHF無線発信器やGPSロガーが装着されました。
どこへ歩くのか。
どのくらい移動するのか。
生き残っているのか。
どの環境を利用するのか。
そうした情報を調べます。
人間の視界から消える。
でも、
完全には見失わない。
それが、
次に何千匹ものカメを戻すためのデータになります。
2024年、さらに1,000匹
取り組みは、
最初の1,000匹で終わりませんでした。
2024年5月23日。
World Turtle Day。
TSAは、
さらに1,000匹のホウシャガメを、マダガスカル南西部の地域保護林へ放しました。
この個体たちも、放流前に健康評価を受け、
6か月間の隔離期間を経ています。
2018年に押収された膨大な数のカメたちが、
少しずつ、
森へ帰り始めています。
最終目標は2万匹以上
TSAは、
保護下にいるホウシャガメのうち、
2万匹以上を将来的に野生へ戻す
という大規模な計画を掲げています。
2万匹。
想像するのも難しい数です。
でも、
そもそもそれほど多くのカメが、
人間によって森から持ち出されました。
だから、
今度は逆の流れを作ろうとしています。
森から人間へ。
ではなく、
人間から森へ。
カメだけ戻しても意味がない
ただし、
森が安全でなければ、
2万匹戻しても意味がありません。
もう一度捕られるかもしれない。
生息地が失われるかもしれない。
だから再導入地は、
地域住民自身が管理する保護林
として整備されています。
カメを運ぶだけではない。
森を守る。
地域住民と話す。
監視する人を育てる。
地域の暮らしと保全を両立させる。
そこまで作ってから、
カメを戻します。
人間がいるから減った。でも、人間がいるから戻せる
今回のニュースには、
少し不思議なところがあります。
ホウシャガメを減らした大きな原因の一つは、
人間です。
人間が捕った。
人間が売った。
人間が森を変えた。
でも、
今ホウシャガメを戻しているのも、
人間です。
警察。
獣医師。
飼育スタッフ。
研究者。
地域住民。
政府。
動物園。
世界中の人が関わっています。
人間が原因だから、
人間は何もしないほうがいい。
ではない。
壊した側だからこそ、戻す仕事もできる。
そんな例だと思います。
京都市動物園にも「密輸から救われたホウシャガメ」がいる
この話は、
遠いマダガスカルだけの話でもありません。
京都市動物園が飼育しているホウシャガメの中にも、
日本へ密輸される途中、空港で摘発されて保護された個体がいます。
日本にも、
違法取引の終着点になった歴史があります。
「珍しいカメを飼いたい」
という需要は、
地球の反対側の野生個体群につながっています。
亀好きとして注目したいポイント
今回のニュースで僕が一番注目したいのは、
保護されたカメを、ずっと「保護されたカメ」のままにしないことです。
10,976匹。
押収する。
助ける。
それだけでも、
とてつもない仕事です。
でも、
そこで終わらなかった。
何年も育てる。
健康を戻す。
森を探す。
地域住民と一緒に守る仕組みを作る。
順応させる。
囲いを開ける。
そして、
一匹ずつ歩いていく。
人間から遠ざかっていく。
僕は、
そこがすごくいいと思います。
カメを救った証拠は、
人間の飼育施設に何万匹いることではない。
人間がどこにいるのか分からなくなるくらい、森へ散らばっていくこと。
それが最終的な成功なんじゃないかな。
湯川亀吉の一言
人間はクズってことだな。
密猟するやつも、保護するやつも、同じクズだ。
出典
Turtle Survival Alliance(TSA)
「Radiated Tortoise Press Release 2018」
2018年4月の10,976匹の大量押収と救護活動について。
URL:
https://shop.turtlesurvival.org/blogs/news/radiated-tortoise-press-release-2018/
San Diego Zoo Wildlife Alliance
「Turtle Survival Alliance Leads Rescue Mission to Save 10,976 Critically Endangered Radiated Tortoises Discovered in Massive Poaching Bust」
2018年4月19日。
URL:
https://sandiegozoowildlifealliance.org/story-hub/2018/04/19/turtle-survival-alliance-leads-rescue-mission-to-save-10976-critically
Turtle Survival Alliance(TSA)
「1,000 Radiated Tortoises Return to the Wild」
2021年8月9日。最初の大規模野生復帰計画について。
URL:
https://shop.turtlesurvival.org/blogs/news/1000-radiated-tortoises-return-to-the-wild
Turtle Survival Alliance(TSA)
「1,000 Radiated Tortoises Released on World Turtle Day®」
2024年6月4日。2回目の1,000匹規模の放流について。
URL:
https://turtlesurvival.org/1000-radiated-tortoises-released-on-world-turtle-day/
Turtle Survival Alliance(TSA)
「Species Spotlight: Radiated Tortoise」
大量押収、保全繁殖、野生復帰について。
URL:
https://turtlesurvival.org/turtleoftheweek-radiated-tortoise/
Smithsonian’s National Zoo and Conservation Biology Institute
「Radiated tortoise」
形態、生息地、食性、保全状況について。
URL:
https://nationalzoo.si.edu/animals/radiated-tortoise
京都市動物園
「ホウシャガメ/Radiated Tortoise」
和名、分布、形態について。
URL:
https://zoo.city.kyoto.lg.jp/zoo/animals/g_radiata