【世界の亀ニュース】30年ぶりにガンジス川へ 20匹のニシキセタカガメが始める「失われた個体群」の再建

今回は、インドを代表する大河川・ガンジス川で始まった、絶滅寸前の淡水ガメを復活させる取り組みを紹介します。

主役は、

ニシキセタカガメ。

学名は、

Batagur kachuga

英語では、

Red-crowned Roofed Turtle

と呼ばれています。

かつてはガンジス川流域の広い範囲に生息していました。

しかし、成体や卵の捕獲、漁業、砂の採取、ダムによる水位変化、河岸の農地化などによって急減。

現在、野生でまとまった個体群が残っているのは、ほぼチャンバル川だけになっています。2026年に報じられた最新の整理では、チャンバル川に残る成体は1,000匹未満、そのうち繁殖可能な雌は約500匹と推定されています。

そして2025年。

人間は、このカメを、

「まだ残っている場所で守る」

だけではなく、

「消えてしまった川へ戻す」

段階へ進みました。

今回のニュース

2025年4月26日。

インド・ウッタルプラデシュ州のGarhaita Turtle Conservation Centerで育てられた20匹のニシキセタカガメが、ガンジス川水系のHaiderpur Wetland周辺へ移されました。

インド政府による公式発表は、この取り組みを、

ニシキセタカガメを約30年ぶりにガンジス川へ戻す再導入

として紹介しています。

20匹には、

音響発信器(acoustic / sonic transmitter)

が取り付けられました。

つまり、放したあとも、

どこへ泳ぐのか。

どこに留まるのか。

生き残れるのか。

湿地と川をどのように利用するのか。

その動きを追跡できます。

調査は今後約2年間続けられる計画です。

どこの国・地域の話か

国:インド
州:ウッタルプラデシュ州
水系:ガンジス川
主な放流地域:Haiderpur Wetland Complex周辺
放流日:2025年4月26日
対象種:ニシキセタカガメ
学名:Batagur kachuga
英名:Red-crowned Roofed Turtle
情報の種類:淡水ガメ・再導入・ヘッドスタート・テレメトリー・河川保全・絶滅危惧種

日本の環境省資料でも、Batagur kachugaには**「ニシキセタカガメ」**という和名が使われています。

登場する亀

ニシキセタカガメは、イシガメ科バタグールガメ属の大型淡水ガメです。

大きな雌では甲長50cmを超えることがあり、大河川に適応したかなり立派なカメです。インド政府のガンジス川保全資料では、甲長は最大約56cm、体重は最大約25kgと紹介されています。

でも、このカメで何より目を引くのは、

オスの顔です。

繁殖期になると、成熟したオスの頭部には赤、黄、白、青などの鮮烈な色彩が現れます。

特に頭頂部が鮮やかな赤色になるため、

Red-crowned=赤い冠を持つ

という英名が付いています。

一方、雌はずっと落ち着いた灰褐色〜オリーブ系の色彩。

同じ種類とは思えないほど印象が違います。

今後ヒーロー画像を作るなら、繁殖期の雄を描くか、雌を描くかで全く違う作品になる種類だね。

かつてはガンジス川のカメだった

ニシキセタカガメは、もともとガンジス川流域の広い範囲に生息していました。

インドだけでなく、歴史的にはネパールやバングラデシュにも分布していたとされています。

2026年のDown To Earthによる整理では、かつての分布域はガンジス川流域の主要河川・支流を含む、約40万平方キロメートル規模に及んでいました。

つまり、

もともとは、

「チャンバル川だけの珍しいカメ」

ではありませんでした。

ガンジス川水系を代表する大型淡水ガメの一種だった。

それが、ほとんどの地域から消えていきました。

何がカメを消したのか

原因は一つではありません。

成体の捕獲。

卵の採取。

違法な国際ペット取引。

漁網への混獲。

砂の採掘。

産卵する砂州での農業。

ダムからの不規則な放水。

河川環境そのものの変化。

複数の圧力が重なりました。

特にこのカメにとって重要なのが、

砂州です。

ニシキセタカガメの雌は春になると川から上がり、乾いた砂州へ穴を掘って卵を産みます。

2026年の報告では、通常15〜20個ほどの卵を産み、約60〜65日の孵化期間を経て子ガメが川へ向かうとされています。

つまり、

川の水だけ守っても駄目。

川の横にある砂まで必要なんです。

1993年にはいた

インド政府によると、1993年の調査ではBijnore Barrage周辺でニシキセタカガメが確認されていました。

ところが、その後の調査では見つからなくなります。

2020年にはHaiderpur Wetland周辺でカメ類の調査が行われました。

9種類のカメが確認された。

でも、

ニシキセタカガメはいない。

インド政府は2025年の再導入発表で、ガンジス川本流では約30年間、成体の確実な記録がなかったと説明しています。

しかし、本当に完全に消えていたわけではなかった

ここが面白いところです。

2021年。

ウッタルプラデシュ州Hapur地区で、

一匹の成体雌

が確認されました。

さらに2023年。

Bulandshahr地区のAhar村で、

2つの巣

が見つかります。

27個の卵から、

21匹の子ガメが孵化しました。

つまり、

ガンジス川から完全に絶滅していたわけではない可能性が出てきました。

人間が見つけられないところで、

わずかな個体が残っていた。

少なくとも、

産卵できる雌がいた。

そして、

繁殖も起きていた。

でも、

それだけで個体群が復活するとは限りません。

最後の大きな砦はチャンバル川

現在、このカメの生存を支えているのが、

チャンバル川です。

ガンジス川水系の支流で、National Chambal Sanctuaryという河川保護区があります。

2024年の研究論文では、

チャンバル川がニシキセタカガメの最後に知られる野生個体群を支えている

とされています。

そこでは2006年から、

かなり大規模な保全活動が続いています。

巣を探す

毎年、

2月から5月。

保全チームが川沿いを歩きます。

目的は、

カメの巣。

そのままでも安全な場所ならいい。

でも、

水位が上がれば沈みそうな巣。

人に掘られる可能性がある巣。

ジャッカルや野犬に襲われそうな巣。

そうした危険な巣は、

卵を慎重に回収します。

そして、

川沿いに設置された保護孵化場へ移します。

6,500以上の巣

2006年から2020年までの14繁殖シーズン。

ニシキセタカガメと近縁のミスジセタカガメを合わせて、

6,500以上の巣

が保護されました。

そして孵化した子ガメの多くは、

その巣がもともとあった場所へ戻されます。

2024年の論文によると、このプロジェクトを通じて両種合わせて12万匹以上の子ガメがチャンバル川へ放されています。

とてつもない数です。

でも、一部の子ガメだけは川へ戻さない

孵化した子ガメをすぐ川へ戻す。

それが基本です。

でも、

毎年その中から一部だけを選びます。

その子たちは、

すぐには放しません。

保全施設で育てます。

これが、

head-starting=ヘッドスタート

です。

小さな子ガメは、

魚や鳥など多くの捕食者に狙われます。

そこで、

ある程度大きくなるまで人間が育てる。

体が大きくなり、

捕食されにくくなってから川へ戻す。

生存率を少しでも上げるための方法です。

786匹を育てた

2020年までに、

この施設でヘッドスタートされたニシキセタカガメは、

786匹。

さらに近縁種のBatagur dhongokaも66匹が育てられました。

2022年には、

ヘッドスタートされたニシキセタカガメ100匹がチャンバル川へ放流されています。

つまり、

卵を守る。

子ガメを生ませる。

一部を育てる。

川へ返す。

この循環を、

何年も何年も繰り返しています。

そして次の段階へ

ここまでは、

残っている個体群を増やす保全でした。

でも、

2025年の20匹は意味が違います。

放した場所は、

最後の砦であるチャンバル川ではありません。

かつて暮らしていたガンジス川水系。

つまり、

個体群を補強するのではなく、

失われた分布域そのものを取り戻そうとしている。

2024年の研究論文でも、長期目標としてニシキセタカガメを歴史的分布域へ再導入することが明記されていました。

翌2025年、

それが実際に始まりました。

20匹を二つのグループに分ける

今回の放流は、

単純ではありません。

20匹を、

10匹ずつ二つのグループ

へ分けました。

一方は、

Haiderpur Wetlandの堰より上流側。

もう一方は、

下流側のガンジス川本流。

さらに報道では、それぞれ雄5匹・雌5匹で構成されたとされています。

なぜ分けたのか。

どちらの放流方法・環境のほうが再導入に適しているのかを比較するためです。

「ソフト」と「ハード」を比べる

インド政府は今回、

soft releaseとhard releaseを比較する最初の再導入試験

と説明しています。

簡単に言えば、

新しい環境へ少しずつ慣らしてから自由にする方法と、

直接野生環境へ放す方法の違いです。

どちらが良いかは、

種類によっても、

場所によっても変わります。

だから、

実際のカメを追跡して確かめます。

20匹全員に発信器

ここで重要になるのが、

音響発信器です。

カメが見えなくなっても、

発信器から出る信号を追えば、

移動を確認できます。

2026年のDown To Earthによれば、初期の追跡では、放流個体について生存と分散に前向きな結果が得られていると報じられています。

ただし、

まだ始まったばかりです。

本当の成功は、

20匹が生きていることだけではありません。

最終的には、人間が放さなくても増えること

再導入されたカメが、

ガンジス川で餌を見つける。

生き残る。

成長する。

雄と雌が出会う。

交尾する。

雌が砂州へ上がる。

巣を掘る。

卵を産む。

そして、

人間が持ってきたのではない子ガメが、

ガンジス川へ入る。

そこまでいけば、

ようやく、

個体群の再建が始まった

と言えるのだと思います。

20匹を放すことは、

ゴールではありません。

本当の目的は、

いつか、

21匹目を人間が放さなくてもいい状態を作ることです。

国際取引からも強く守られるようになった

ニシキセタカガメは、

IUCNレッドリストで**Critically Endangered(深刻な危機)**に分類されています。

さらに2022年のCITES第19回締約国会議では、インドが提出した提案によって、国際取引規制を附属書IIから附属書Iへ強化することが全会一致で承認されました。現在のCITES附属書にもBatagur kachugaは附属書Iとして掲載されています。

背景には、

違法なペット取引があります。

特に繁殖期の雄は、

その異常なほど鮮やかな色彩から、

コレクターの対象になってきました。

実際、過去には複数個体がスーツケースへ詰め込まれ、国外へ運ばれようとして摘発された事件もあります。

美しいことが、危険になる。

野生動物では、

何度も起きている問題です。

亀好きとして注目したいポイント

今回のニュースで僕が一番面白いと思うのは、

「守る場所を増やす」という考え方です。

チャンバル川に、

最後の個体群が残っている。

だったら、

そこだけを徹底的に守ればいい。

そう考えることもできます。

でも、

一か所だけに全個体群が集中することには危険があります。

大規模な洪水。

水質事故。

感染症。

ダム。

開発。

たった一つの川で何かが起きれば、

種全体が危険になる。

だから、

昔いた場所へ、

もう一つの個体群を作る。

さらに、

もう一つ。

そうやって、

絶滅の危険を分散させる。

僕は、

今回の20匹は、

単にカメを放した数字ではなく、

「ニシキセタカガメの世界を、もう一度広げる最初の20匹」

なんだと思います。

湯川亀吉の一言

ニシキセタカガメ、本当に欲しかったんだよ!

広いスペースさえあれば買ってたのにな〜!

ちくちょう!!

自然界でどんどん増えて、また日本に輸出してくれ!!

出典

Government of India / Press Information Bureau・Ministry of Jal Shakti
「Unique Success of the Namami Gange Mission: The Return of the Red-Crowned Roofed Turtle to the Ganga After Three Decades」
2025年4月29日。20匹の再導入、音響発信器、2グループによる放流試験、約2年間の追跡について。
インド政府の公式発表を見る

Down To Earth
「Turning turtle」
2026年3月28日。過去の分布、現在のチャンバル川個体群、2021年の成体雌、2023年の巣、再導入後の状況などを整理。
Down To Earthの記事を読む

The Herpetological Bulletin
「Conservation recovery of Batagur kachuga and Batagur dhongoka turtles in India: Development and operation of a head-starting facility」
2024年。2006年からの巣保護、孵化場、ヘッドスタート、歴史的分布域への再導入計画についての研究論文。
研究論文を見る

India Turtle Conservation Program
「Batagur Recovery Project along Chambal-Yamuna River」
チャンバル川での巣保護、孵化、個体群減少、地域との連携について。
保全プロジェクトを見る

Turtle Survival Alliance
「Red-crowned Roofed Turtles Get a Head Start in India」
ヘッドスタート、巣の移設、孵化・放流と脅威について。
TSAの記事を読む

CITES
2025年2月7日版の附属書。Batagur kachugaはAppendix Iに掲載。
CITES附属書を見る

環境省
日本国内資料でBatagur kachugaの和名「ニシキセタカガメ」を確認。
環境省資料を見る